奥のほうの何か

昨日、11の数字を持つ知人と食事へ

世界中を旅するので忙しいこの知人は

滅多に日本におらず

なかなか会えないのですが

ピンポイントで1日だけ

ふたりの都合が合う日があり

それが昨日だったというわけで

とある日本料理屋さんへ

 

数秘の話で盛り上がっていたところ

お隣の女性ふたりからお声が掛かりました

 

その女性達は数秘をご存知でいらっしゃり

また、おふたりとも11をお持ち

またしても11さんが11さんを呼ぶ、という夜に

 

もしや、と思い調べてみると

やっぱり!

サイクルエネルギーが11の日でした☆

 

こういった事は、よくある事で

数秘に出逢ったばかりの頃は

その度にいちいち驚いていましたが

日々、こんな事だらけなので

今ではもう「当たり前」という感覚でしかありません

 

11という数字のエネルギー、周波数が

ラジオのチャンネルがあうように

ぴったりと瞬時に合っちゃったのでしょうね

 

いわゆる「波長」「周波数」のお話は

前回の記事 カワイイの正体 でも書きましたが

「気があう」「楽しい」「興味がある」

と感じる相手は、同じ周波数を持つ者同士だから

 

なので、磁石みたいに

大勢の人がいる場所でも、知らない者同士でも

こんな風に出逢ってしまうものなのです

 

むしろ、後々大切となる出会いって案外

こういったケースのほうが多いのではないかしら

 

心よりも、もっと奥のほうにある「何か」

それを魂というのかわからなけれど

その誰かの「奥のほうにある何か」と

私の「奥のほうにある何か」とで

お話をしたいな、と常々思っています

 

見た目って大事です

恋に落ちたりもするし

綺麗な人は見ているだけでうっとり、心がときめきます

そこから始まる物語もあるし

 

だけど、たまに見た目が邪魔だな

と思う時も、なぜかあるのです

視覚の情報が多すぎて、良くも悪くも惑わされる

 

それもまた、人生の醍醐味ともいえますが

 

年齢差がうんとあっても、外国の方でも、男女問わず

「波長があう」間柄ってありますよね?

 

あれってやっぱり「奥のほうの何か」同士が

共鳴しあってるのかなって思います

 

想像してみてください

真っ暗闇のなかで、相手の姿も自分の姿も

見えないという状況だったとしたら

先入観なしで、リラックスした気持ちで、飾らず

本当のことを話しあえたりするのではないかしら

相手が誰ってことも、見えないから気にならないし

 

そしてもしも

その状況で誰かを好きになったり、信頼したりって

「奥のほうの何か」が全て、という気がするのです

「奥のほうの何か」ってやっぱり周波数とか魂とか

そういう事を言うのかな、と思います